D 白驟雨の賓(まろうど)

悠久の夢幻
如月咲良

 いつも、人々は窓の外を足早に通り過ぎる

 まるで、何も見えていないように

 ここに、何も無いように

 僕という、存在さえも……

◆◆◆



「わ〜、やっぱり振ってきた!」

 宇月(うづき)は、突然降り出した雨に悲鳴を上げ、慣れた道を走っていた。

 降水確率は40%。

 微妙だとは思ったが、傘を持つのが煩わしくて、降らない方に賭けたのだが見事に外してしまった。

 あっと言う間に本降りになってしまった雨空に悪態を吐きながら、宇月は掌で雨を避ける様にして先を急ぐ。

 夏を過ぎた今は、雨も冷たくて、あっと言う間に体温を奪っていく。

「うー、だめだ。辛すぎるっ」

 凍えた指先がジンジンと鈍く痛みだした。

 なんとか雨宿りをしたいが、道には貧弱な街路樹が点々と植えられているだけだ。

 宇月は酷くなる雨に目を細め、比較的葉の茂りの良い街路樹の下に逃げ込んだ。

「ふぅ〜、これでも無いよりましか」

 とは言うものの、風にあおられた冷たい雨が頬にあたる。

 ジワジワと冷たい雨に体力を奪われ、宇月は重い気持ちで天を仰いだ。

「止みそうにないなぁ」

 上げた視線の先には、見覚えのない古い大きな家があった。

 広い庭、茂った木々。

 いまどき珍しい日本家屋は、雨の中にぼんやりと浮かんでいた。

 それは幻想的で映画のワンシーンのように美しいかった。

「こんな家、あったかな?」

 ここはいつも歩いている道だ。こんな印象的な家があれば覚えていそうなものなのに。

 見上げた先では、美しい青年が淡い微笑みを浮かべていた。

◆◆◆



 シトシトと降り続ける雨。

 広縁から臨む景色は、不思議なほど穏やかで見知らぬ世界にいるようだ。

「何かめずらしいものが見える?」

 突然後ろから声をかけられ、宇月は飛び上がる様にして振り返った。

 そこには、美しい青年が立っていた。

 手に持った盆には、温かな湯気を湛えた湯呑がのっている。

「ごめんね。驚かせる気はなかったんだ」

 ニコッと軽やかに笑い、青年は部屋の中央の座卓へと向かう。

 宇月も、それに誘われるように窓のそばを離れた。

「ううん、俺の方こそ……。雨宿りさせてもらって助かったよ」

「どういたしまして。これ飲んで。温まるから」

 青年は宇月の前に湯呑を置き、柔らかな笑顔を向けた。

 湯呑の中の白く濁ったとろみのあるそれは、あまりなじみのない飲み物だった。

 宇月は湯呑に唇をつけ、その甘い香りに眉を寄せた。

「これ、不思議な味がする」

 口をへの字に曲げる宇月を見て、青年はクスクスと楽しそうに笑い出す。

「甘酒だよ。体が温まるんだ。もしかして、……飲んだことない?」

「あるけど、…こんな味だったっけ?」

「口にあわなかった?」

 宇月は、心配そうに訊ねる青年に曖昧に微笑み、もう一度湯呑に口をつけた。

 喉に絡む様な甘さはあまり好みではないが、仄かに香る風味は爽やかで美味しいと思えた。

「知ってる味と少し違うけど、美味しいよ。ありがとう」

「そう、よかった」

 青年は、宇月の言葉に安堵の笑みを浮かべた。

 その素直な笑顔に、宇月は頬を染めて湿った髪をかき上げた。

「服も借りてるのに、飲み物まで。なんか、悪いな」

「どういたしまして。それ、よく似合ってる」

 服装を指摘され、宇月は自分の姿を見下ろした。

 白地に紺の線をあしらった粋な浴衣。

 全身ずぶ濡れだった宇月に、青年が貸してくれた着替えだ。

「浴衣なんて着たことないから、照れくさいよ」

 ポリポリと頬を掻く宇月に、青年は楽しそうな視線を向けてくる。

「フフフッ、そんな感じだったね。でも、本当に似合ってる。着せた甲斐があったよ」

 楽しそうな笑顔が意味あり気に見えてしまうのは、きっと仕方のない事だ。落ち着いた和室の真ん中で、濡れた衣服を下着まで取り上げられて着付けてもらったのだから。

 思い出しただけで顔から火が出るほど恥ずかしい。

 宇月は、青年の無邪気な笑顔から逃げる様に、雨に沈んだ庭へと顔を向けた。

 大粒の雨が地面をたたき、まるで曇りガラスのように景色を滲ませる。

「よく降るなぁ」

「本当によく降るね」

 うんざりと呟いた宇月に、青年は軽やかに頷いた。

 その上機嫌な雰囲気に、宇月は不思議そうに振り返る。

「なんか嬉しそうだね。俺は、雨嫌い。面倒だし、ジメジメだしさ」

「僕は雨が好きだよ。雨は、お客様を連れてきてくれるからね」

「客?」

「君の事だよ」

 青年が宇月を見詰めて、楽しげに笑う。

「ずっと一人で淋しかったんだ。でも、こうして君が訪ねてくれて…。胸が高鳴るよ」

 うっとりと目を細め、胸元に手を当てる青年に、宇月は苦笑を零した。

「客って…、大げさだなぁ。雨宿りさせてもらってるだけだじゃん」

「雨宿り。そうだね、それだけだ。君にとっては、たったそれだけ。でも…」

 青年が、鮮やかに微笑んだ。

 紅い唇に艶を含んだ笑みが刻まれ、見つめる瞳の奥に昏い炎が揺れる。

 ガラリと変わった雰囲気に、宇月が目を瞠った。

「ぇ、…な、なに?」

「この地を、人の子が訪れる。それは、とてもすごい事なんだよ」

 重厚な座卓を越えて、青年の白い手が伸びる。

 頬に触れた指先が冷たくて、宇月はヒクリと肩を震わせた。

 鼻腔を、覚えのある甘い香りが擽った。

「ねぇ、君、名前は?」

 頬を撫でる指先に、小さく喉が鳴った。

「知らないと、呼べないだろう?」

 頬を包んだ掌が、首筋を撫で襟を開いて肩を撫でる。

 木綿の感触が遠ざかり、湿気を含んだ外気に晒された肌が粟立った。

 寒さに震えた宇月の瞳を、青年の黒い瞳が覗き込む。その奥に、深緑の光が灯った。

 それは、魔性の色。蠱惑の輝きだ。

「ねぇ、教えてよ。僕は、君をなんて呼べばいいの?」

「……宇月…」

「フフフ、綺麗な名前だね」

 青年の涼やかな笑い声に、激しい雨音が重なった。

 耳障りなノイズに眉を寄せると、ゆらりと視界が揺れた気がした。

「あ、あれ? ……い…ま、ぁ…」

 身体を支えるつもりが、うまく腕に力が入らない。

 揺らぐ宇月の体を、青年の細い腕が捕らえる様に抱き留めた。

「ぁ…、おれ、…な…にが…」

「宇月」

 名を呼ばれ、ビクッと身体が跳ねる。

 ただ呼ばれただけなのに。それだけなのに、全身の力が抜け落ちた。

 宇月は唯一自由になる瞳で、妖しく笑う青年の美貌を見上げた。

「やっと効いてきたね。いつまでも美味しそうに飲んでるから、心配したよ」

 肌を辿る冷たい感触。そして、瞳を射抜く碧の光。

「ぁ、…あ…んた…、いったい……」

 艶やかな深緑の瞳を細め、青年が笑う。

「僕はマキ。ここで、ただ待つだけの存在さ」

「待つって…?」

「この地を覆う、この雨を」

 チラリと庭を見た緑の瞳が、嬉しそうに細められた。

「雨だけが、この家と人の世界を繋いでくれるんだ。僕は、ただその時を、待っているだけ」

 この青年は、いったい何を言っているのだろう。

 雨がこの地と人の世界と繋ぐ? じゃあ、ここはいったいどこなのだ。この青年は…

「あん…た、誰だ? なぜ、こんな事に…」

「さぁ、なぜだろう。理由なんて忘れてしまった。罰なのか…、いや罪なのかもしれない。それも、もう忘れてしまったよ」

 青年は、艶やかな魔性の笑みを浮かべ、怯える宇月を覗き込んだ。

 深緑の光が、宇月の瞳の奥を射抜き、侵食する。

「理由なんていらない。宇月、今は君がいる。それがすべて。それが、一番大事な事なんだ」

 紅い唇が、宇月のそれをねっとりと塞いだ。

 低い体温は、人のそれとは違う。

 宇月は冷たい感触に小さく震えたが、熱い舌に唇を割られ甘い香りに口腔を嬲られると、瞳を潤ませ甘えるような吐息を零した。

 それは、覚えのある甘い香り。

 むせ返る香りに飲まれ、宇月の意識が遠のいていく。そして、入れ替わるよに身の内から湧き上がる淫らな熱。

「宇月。雨が連れてきた可愛い人。さぁ、僕を楽しませて」

 激しくなる雨音に、艶めいた声が混ざり消えていく。

 宇月は、遠くにそれを聞きながら白く濁った意識の底に沈んでいった。

◆◆◆



 濁った意識の向こうから、湿った水音が聞こえてくる。

 ピチャピチャと淫靡に響くそれに、体の奥から爛れた熱が沸き起こる。

「ぁ…、な、なに? あぁ…ンッ」

 ヌルリと足の間を何かが這い回る。

 ヒヤリと冷たい感触なのに、触れられた場所が焼けるように熱くなる。そして、苦しいほどの快感が湧き上がってくるのだ。

 その快感の強さにビクッと身体が跳ね上がる。喉の奥から零れ落ちた声も、自分の物とは思えない程甘い。

「アァァ、ィッ…いや…あぁぁ…ひゃ…ぁ!」

「良い声だね。ここはどう?」

 笑いを含んだ妖艶な声が耳元で響く。熱い吐息を感じると共に、甘い痺れが全身を支配した。

「ィッ、アァァッ!」

 胸に走った甘い痛みに、宇月は悲鳴を上げて目を覚ました。

 歪む視線の先は、覚えのある淡い色の壁。そして、見覚えのない緑の何かが部屋中を這い回る。

 シュルシュルと嫌な音を立てて動き回るそれは爬虫類にも見えたが、たっぷりと茂った葉が植物であることを示していた。

「な、なに? 蔓? ヒィッ! ァッン、アァッ!」

 体の奥で熱い何かが蠢く。そして、同時に湧き上がる苦痛と思えるほどの快感。

「宇月はいい顔するね。フフ、そんなに気持ちいい?」

 耳に吹き込まれた艶を含んだ声に、宇月は肩を震わせて背後を振り返った。

 そこには、宇月を抱き込んだ姿勢で微笑む青年の顔があった。

 笑みを刻む唇は紅を引いたように赤く、見下ろす瞳は沈む様に深い緑色だった。

「あ、あんた…、なん…でっ、…アッ」

 胸に這わされた手が無い肉を掴む様に弄り、赤く尖った快感の源を刺激する。

 触れられるたびに体を跳ねさせる宇月に、青年は喉を震わせて楽しそうに笑った。

「ココも凄く敏感なんだね。素敵だよ」

「な、なに言ってっ! ひゃぁぁん!」

 体の奥。そして、ありえない部分から焼き付く様な激しい感覚が湧き上がった。それは、苦しいほどの快感だ。

 喉を反らして悶える宇月を見詰め、青年は嫣然と微笑んだ。

「君がいけないんだよ。こんな敏感な体を晒したりして。犯してくれと言ってるようなものさ」

 ザワリと空気を震わせて部屋中の蔓が動き出す。それに合わせて体の奥に燻っていた熱が一気に燃え上がった。

「あ、ぁ、な、なんだ…、ア、アッ…」

「フフフ、逃がさないよ」

 青年の手が、胸元を滑り下腹部へと下りていく。冷たい指先に沿って、するりと帯が解け、浴衣の前が開かれた。

「わかるだろう、宇月。もう手遅れなんだよ。この子たちをこんなに奥まで銜え込んで、今さら逃げられるわけないだろう?」

「ッ!」

 冷えた外気につられて下ろした視線の先の光景に、宇月は喉を引き攣らせ、声にならない悲鳴を上げた。

「どう? 素敵な眺めだろう?」

 膝を立て、大きく開かれた足の間には、無数の蔓が這い回っていた。

 閉じられないように足に巻きついたそれは、滑った表皮を肌に擦り付け、時折嬲る様に締め付ける。

 足を絡め取ったそれらの先端は何本にも細く枝分かれし、欲望に天をついた若枝を捕らえ蹂躙していた。

 淫靡な液体に塗れた欲望の象徴には、細い蔓が敏感な粘膜を擦る様にして巻きつき、産毛のような繊毛を持つ先端は、小さな穴を穿っていた。

「ヒィィ、や、やだ、やめて」

 涙を散らして首をふる宇月の頬に、青年のそれが合わされる。

「うそつき。本当は、もっとしてほしい癖に」

「ち、ちがぅ、違う!」

 目を逸らしたいのに、あわされた頬に邪魔されて首を振る事もできない。

「本当かなぁ」

 青年の声を合図に、ズズッと細い蔓が動き出す。

「ヒィィッ、や、やめて! やだぁぁ。アアアァァーッ!」

「ほら、やっぱり違わない。もっとしてほしくて、腰が揺れてるよ」

 青年がクスクスと楽しそうに笑い、戒められた若枝に手を添えた。冷たい指先に導かれ、異形の蔓が淫靡に動く。蜜を溢れさせる小さな穴を塞ぎ、敏感な内部を擦る様にして潜り込む。

 極めたような強い快感が湧き上がるが、上りつめる感覚を得る事ができない。際限なく続く快感に、宇月は涙を流して悲鳴を上げた。

「アアァァ、そこ、いやっ、いやだ、おかしくなる。ヤァァ、だめぇぇ」

「ここは駄目なの?」

 からかうような問いに、宇月は必死で頷いた。このままなんて、気が狂う。

 苦痛に通じる快感から逃れたい一心で、青年の言葉に縋ったのだ。しかし、返されたの妖艶な笑みと、体の奥を穿つ感覚だった。

「ひぃぃっ!」

 背を反らし声をあげる宇月を抱きしめ、青年が楽しげに笑った。

「そっか。宇月は、こっちの方が好きだったのか」

 抗う体をなんなく押さえつけ、悪戯な指先が残酷に肌を嬲る。

 そして、体の奥で波打つように何かが蠢く。そこから押し寄せるのは、紛れもない快感だ。

「ヒィィ、は、ァァァン、ン!!」

 麻痺する様に体を震わせ、宇月は自由にならない体で身悶えた。

「前も後ろも穿たれるって、どう? 普通じゃ味わえない快感だろう?」

 普通じゃない快感。そうかもしれない。

「気持ちいいだろう?」

 そうかもしれない。でも……

「ちが…ぅ、ダ…メだ、ん…あっ、…あぁっ、ァッ…!」

 宇月は気力を振り絞って首を振るが、青年の笑い声が簡単に否定する。

「違わないよ。ココも、ココも、こんなに固く尖ってる。宇月が感じてるからだよ」

 爪を立てる様にして赤く色づいた胸の果実を摘ままれ、欲望をせき止められた花芯を嬲られる。

「ヤ、やめっ、も、もぉ、オレ、あぁ…あぁぁ……アァァーッ!」

 せき止められ吐き出せない熱。感じた事もないほど身体の奥から湧き上がる悦楽の波。

「宇月、もういいだろう? 素直になって」

 熱い吐息と共に吹き込まれる甘い誘惑。

「奥に、欲しいんだろう? もっと、イイものが」

 抱き寄せられ、腰にあたる熱い感触に心が震える。

「あ、あぁ…んっ」

 熱く重いその感触。

 それを迎え入れたら。体の奥深く。暴かれ、貫かれたら……

「宇月のここは、とっても素直だ。すぐに気持ちいいトコロを覚えて、上手におねだりしているよ。…ほら、ココ」

 淫靡な音が体の奥から響いてくる。何本もの蔓に大きく押し広げられ、媚肉に守られた秘所を暴かれる。

「あっ、そこはっ! アァァ…ん…、あっ、…あぁっ、ハァッ…!」

 宇月は、全身に絡み付く異形の蔓に犯され、快楽の縁へと落ちていった。

 脳裏を過る深緑の闇に飲まれ、喉の奥から甘い言葉が零れ落ちる。

「あ、あぁぁ、ァ…キ…」

 嬌声に潜む微かな呼び声に、青年の動きが止まる。

「宇月?」

 肌を弄っていた手が止まり、表情を見ようと冷たい指先が顎にかかる。

 宇月はその力に逆らわず、涙に潤んだ瞳を向けた。

「…マ、キ…ぃ、ンッ、ぁ、…ほし…ぃ…の」

 震える声が告げる言葉に、青年が妖しく笑う。

「僕が、欲しいの?」

 瞳の奥に燃える嗜虐の炎に、宇月の中で何かが弾けた。

「マキ、が、ほ…しぃ。アァッ、おかし…く、なっちゃ…ぅ。たす…けて…」

 身悶え、快感を訴える宇月の黒い瞳の奥に、儚い光が揺れる。それは、最後の理性の炎だったのかもしれない。

 青年は妖艶な微笑みで、その小さな炎を吹き消した。

 向かい合う様に宇月を抱き直すと、自らの裾を大きく割った。袷の狭間から、大きく育った雄芯を覗かせたのだ。

「さぁ、宇月。ここに、おいで。君を悦くしてあげる。でも、僕を悦ばせてからだよ」

 青年の誘惑に、宇月は瞳を輝かせ吸い寄せられるように手を差し伸べる。

「ぁ、マキ……。マキぃ…」

 宇月は凶悪に育った欲望の証に触れ、嬉しそうに顔を近づける。

「あぁ、これで、俺を…。俺の、奥まで、犯して…」

 白く濁った意識に残ったのは、すべてを絡め取る蠱惑の毒を含んだ深緑の闇だけ。

 甘い香りに惑わされ、命を散らす羽虫のように。

 宇月は、自らを捕らえ貫く凶器に、甘えるように口付けたのだった。

◆◆◆



 大きく足を開かせ、緑の褥に沈めた体を貪った。

 異形の蔓に長く嬲られたそこは、青年の長大な雄を簡単に飲み込み熱く淫らに包み込んだ。

「アァァア、マキ、マキィィ、もっと、もっとぉ、アァアー!」

「うづき、ねぇ、宇月。…ずっとこのまま、ここで。この牢獄で…」

 返ってくるのは、意味をなさない甘い嬌声。

 未知の快感に溺れた肉体だけが、甘い香りに惹かれ応えるように淫らに揺れる。

「かわいい人。はなさないよ、……絶対に」

 濡れた体の奥に熱い飛沫を刻み込み、青年は嫣然と微笑んだ。

 宇月の意識を、緑の闇へ沈める為に。

◆◆◆



 降り続ける雨の中、傘を打つ雨の音と、濡れた石畳を行く足音だけがその世界を彩る。

 広い以外は何の変哲もない家。

 少年は、まるで自分の家に帰ってきたかのように平然と門を開き、そのまま玄関を横切り庭へと回った。緑に溢れた穏やかな空間を抜け、庭に面した大きな窓の前で立ち止まった。

「開けて」

 甘えた声の底には、濡れた様な艶が潜む。

 コツコツとガラスを叩く指先が、我慢できないとばかりに艶めかしく無機質な隔たりをたどる。

 それは、愛しい人の肌を愛撫するように、妖しく蠢いた。

「ねぇ…、早くぅ…」

 瞳を潤ませコツンとガラスに額を着いた少年が、熱い息を吐く。

 その問いかけに応えるように、カタリと小さな音が響き窓の向こうに人影が現れた。

 薄暗い部屋を背景に立つ青年に、少年は甘えた笑みを向けた。

「マキ…、きたよ」

 少年は、口付けを強請る様に冷たい隔たりに顔を近づけた。

 青年は薄い唇に淡い笑みを浮かべ、細い指先でガラス越しに少年の唇を撫でた。その仕草に、少年が甘い吐息を零す。

「雨の日を、ずっと待ってたんだ。あなたに会うために、ずっと、ずっと待ってたんだよ」

「僕も、待ってたよ。君に会えるのを……宇月」

 透明な隔たりが取り払われ、冷たい指先が少年の唇を撫でる。

「アァ、マキ。…ねぇ、早く。早くぅ」

 宇月は爛れた息を吐き、膝をついて青年に縋り付いた。

「あぁ、マキ、おねがい。俺を、……犯してぇ」

 青年はうっとりと笑い、宇月の頬に手を添えた。

「いいよ、雨が上がるまでのひと時。君をたっぷり可愛がってあげる」

「雨なんて関係ない。俺はもう、帰らないよ。ずっと、ずっとここにいる! マキの傍に!」

 縋る宇月を見おろし、青年は艶やかに微笑んだ。

「だめだよ。君は、雨を待って僕に会いにくてくれなくちゃ」

「マキっ!」

「一緒にいたら、僕は宇月を死なせてしまう。それじゃ、だめなんだ」

「いやだ! 一緒がいい。ねぇ、お願い。一緒に…そして、早くずっと俺を…」

 自らシャツのボタンに手を掛ける宇月に、青年は嬉しそうに笑った。

「僕を忘れずに訪ねてくれる人がいる。狂おしいほど僕を求めてくれる。それこそが、僕の慰めなんだ。だから…」

 緩んだ襟元から、太い蔓が入り込む。滑るその感触に、宇月は悦びの悲鳴を上げた。

「君に、人では味わえない、極上の快楽をあげるよ、宇月」

 青年はゆっくりと膝をつくと、蔓に絡め取られた宇月に視線を合わせた。快楽に蕩けた瞳の色。

「僕に会えない間、その物足りなさに悶え、苦しむんだ。そして、もっともっと、僕を求めて」

「アァ、マキ、…魔樹ぃ」

 いつの間にか全身に絡んでいた蔓が、宇月の弱い所を探り出す。

 体の奥。人では触れられない悦楽の泉を探り当て、焼きつけるように甘く切ない熱を呼び覚ます。

 青年は甘い悲鳴を心地よく聞きながら、灰色の空を見上げた。

 分厚い雲が太陽を覆い隠し、大粒の雨が木々の葉を打つ。

「なんて、良い天気なんだろう」

 紅い唇で妖艶に微笑み、青年は踵を返す。

 愛しい少年とのつかの間の逢瀬を楽しむために。

◆◆◆



 かつて、人が施した憎い障壁

 しかし、今はそれも愛おしい

 これがあるから、彼は僕を求めてくれる

 簡単に届かないから、待ち続け求めてくれる

 僕という、存在だけを……

   - END -  



D 白驟雨の賓(まろうど)