Q 吸血鬼と天才
「ぁ・・・」
其の男の腕の中に抱き込まれただけで体が溶けた。
「ああっ・・・」
冷たい指が蒼井の顎を捕らえ、其の感覚だけで蒼井の意識は白濁し、高みを迎えた。
「・・・はぁ・・・」
震える体が男の香りの包まれ、吐き出した吐息を吸い取るように唇を重ねられた。
「んっ・・・」
口づけは氷の花の香りと、甘いアイスワインの味がした。
望んだ口づけ。
何十年も前から切望した。
「抱いて」
男の前で手首を切ったこともある。
それでも男は蒼井に触れなかった。
蒼井が攪乱する度に、苦しそうに男は蒼井の前から消えた。
何度も。
何度も男の喪失を経験して、蒼井は男を求めなくなった。
ソレが男が蒼井のそばにいる理由のようだったから・・・
だから・・・
だから、期待はしなくなった。
期待は忘れた。
気が付けば、蒼井は年を取っていた。
すでに子供でも、少年でもなく、青年でもなくなりつつあり、男の求めるモノと蒼井の求めるモノは違うのだと痛感した。
蒼井は朽ちる。
男は永遠。
男にとって、蒼井は一時の娯楽であり、その娯楽は夜の帳の中のモノではなかった。
それだけ。
それだけだ。
そう言い聞かせ、蒼井を見つめる、出会ったころのまま、美しい男の瞳に満足していた。
後は男が蒼井に飽きてしまう前に死ねたら良い。
ソレが蒼井の望み。
それだけ。
そう思っていた。
さっきまで。
数瞬前まで。
何が違ったのだろう?
いつもと?
唇が解け、蒼井は間近に男の瞳を見つめた。
「・・・」
「・・・」
美しい男。
蒼井からスベテを奪い、自分のモノにしながら、自分のモノにしなかった男。
「・・・んっ・・・」
男の名前を呼ぼうとした口が強引に男の唇で塞がれ、蒼井の視界は霞んだ。
「ああ・・・」
悲しみと喜びが蒼井の体に満ち、二度目のキスで蒼井は更なる高みに登った。
しかし。
「泣くな」
男の声に、飛び立った意識が引き戻され、蒼井の視界は男の背中を捕らえた。
「・・・ぁ・・・」
声を掛ける間は無かった。
高層階の窓から男は消えた。
後にはレースのカーテン越しに覗く満月を見つめる蒼井の体だけが残った。
20110902 fin